「竹中半兵衛と私が同等であると…何ゆえそう思われるのか」
秀吉の人たらしと評される褒め句を遮り、官兵衛が僅かに低くした声で言った。
それににこにこと笑顔であった秀吉が口を開けたまま目を瞬かせ、不思議そうな顔をする。
「…私は、あの者に才略で敵うと思い上がった事など一度として無い」
「半兵衛の言葉を聞く限りでは、わしはそう思えんのじゃが…」
「………買いかぶりに過ぎませぬ。それでは、失礼」
困ったように答える秀吉の様子に、官兵衛はらしくもなく情を露にしてしまったのを自覚し、後悔した。
これ以上口に出すのは思わしくない。深く一礼をして、追求を退けるようにその場を後にする。
「官兵衛殿こそ、買いかぶりじゃない?」
外の戸の横に凭れ掛かっていた半兵衛が、ぽつりと言葉を投げかけた。
「…いつからそこに居た」
半兵衛は問いに答えなかったが、その楽しむような笑みに今までの話を始終聞いていたのだと、悟る。
官兵衛が煩わしそうに睨みつけているのに、それを物ともせずに半兵衛は猫のような目で見上げてくる。
懐いているようで、獲物を遊ばせて愉しむ賢しい猫のような眼差しである。
官兵衛はその視線に既視感を覚えた。
「官兵衛殿、俺は官兵衛殿のそういうところ、好きだよ」
にっこりと妖しさを含めた笑みを浮かべ、半兵衛は手を伸ばす。
ゆっくりと繊細な作りの指が官兵衛の頬を撫で、確かめるように痣をなぞった。
「最初のときもそうだった…貴方は誰も知らないはずの、俺の本性を見てる」
女人のように艶を持った唇が小さく動き、薄く弧を描いた。
気付けば、魅入っている。この者の思うつぼではないか。
ぎこちなく官兵衛は視線を逸らし、絡んでくる半兵衛を気にせぬよう無理やり足を進めた。
半兵衛はそれにも面白そうに笑い「つれないなあ…」と呟いてから、後に続く。
「私に何用だ、半兵衛」
「別に?ただ、語り明かしたいなーと思ってさ」
自室まで付いて来た半兵衛に、官兵衛は振り返って声をかけずに居られなかった。
無視を決め込めば飽きて離れると考えていただけに、官兵衛は苦々しい声音になる。
それを気にした風でもなく、半兵衛は先ほどと同じく、猫を思わせる捕食者の目で見上げた。
官兵衛は嫌な予感に身を引いたが、細い腕がすばやく動き、器用に技をかけてきた。
咎めの言葉も罵りの文句も呆れに変わるほどの所業だ、と畳みに倒れ内心で舌打ちする。
「…先の話ならば、私から特に言う事は無い」
「俺からはいっぱいあるんだよ。…実直な官兵衛殿には、俺がどう映っているのかな?」
部屋の戸を後ろ手で閉めて、見下ろしてくる半兵衛は落ち着いた声音で問いかける。
しかし問いと言うにはあまりに確信的な表情を浮かべていた。
いらぬ獣の気に障ったようだ。
普段の知らぬ顔とはほど遠いそれを目前にしながらも、官兵衛は口端で笑みを作っていた。
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